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待乳山聖天は夫婦和合・財福のご利益!大根と巾着のシンボル・御朱印

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待乳山聖天
東京都台東区浅草にある待乳山聖天(まつちやましょうでん)は、およそ1,400年前に創建されたと伝わるお寺です。古来聖天さまは強力なパワースポットとして信仰されてきました。

待乳山は隅田川のほとりの10mほどの小高い丘で、まわりに高い建物がなかった江戸時代には、多くの文人墨客(ぶんじんぼっかく)が訪れ絵画や詩歌に描かれた眺望の名所でもありました。

日本三大聖天の一つに数えられ、大根と巾着のシンボルが点在するユニークな聖天さまをご紹介しましょう。

待乳山聖天(まつちやましょうでん)とは

正式名称:本龍院(ほんりゅういん)
山号:待乳山(まつちやま)
宗派:聖観音宗(しょうかんのんしゅう)
本尊:大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)
創建:伝・601(推古天皇9)年

待乳山聖天は、浅草寺の支院の一つで、正しくは本龍院と言います。

縁起によりますと、待乳山は、595(推古天皇3)年9月20日、一夜のうちに湧き出た霊山で、その時金龍が舞い降りて山を廻り守護しました。浅草寺の山号である金龍山の由来となったと伝えられます。

それから6年後の夏、この地方が大干ばつに見舞われた時、十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)が大聖歓喜天に化身してこの地に姿を現し、人々を救いました。そこで聖天さまとして祀られたと伝えられています。

浅草寺についてはこちらをご参照ください。

▶︎【浅草寺】は諸願成就のご利益で最強のパワースポット!御朱印と見どころ

見どころ

待乳山聖天入口の石柱

待乳山聖天

手水舎(てみずや)

待乳山聖天
ここで手と口を清めます。

額堂(がくどう):大根授与

待乳山聖天
手水舎の向かい側の額堂で、お供え用の大根(1本200円)を授与していただけます。

本堂①:本尊の大聖歓喜天

待乳山聖天
靴を脱いで本堂内でお参りできます。

本尊は大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)で十一面観音菩薩の化身と伝えられます。歓喜天は、ヒンドゥー教の邪悪な魔神ガネーシャがルーツですが、仏教に取り入れられて善神となり、仏法を守護する天部の神となりました。

一般的に歓喜天は、象頭人身の女天と男天が抱擁している双身像が多く、夫婦和合、縁結び、子授けの神とされます。また、商売繁盛、厄除け、招福などあらゆる願いを叶えてくださる強力なパワーを持つ神です。

本堂②:浴油祈祷(よくゆきとう)

待乳山聖天
本龍院本堂では、毎朝「浴油祈祷(よくゆきとう)」が行われています。聖天さまは衆生のさまざまな願い事を叶えてくださいます。浴油祈祷はその聖天さまの徳を顕していただくように、常に清浄な油をそそぎ、洗い清める密教の秘法の一つです。

本堂の中央に大聖歓喜天、右側に十一面観音菩薩、左側に毘沙門天(びしゃもんてん)が祀られています。本尊の歓喜天は秘仏のため拝顔できませんが、毎年12月8日の御開扉にお前立の十一面観音菩薩にお参りでき、堂内でお焼香もできます。毘沙門天は「浅草名所七福神」めぐりの一神となっています。

天井には迫力ある龍の墨画が描かれていますが、1923年の関東大震災や昭和の戦災によってほとんどの建築物が焼失し、現在の本堂は1961年に再建されたものです。

開堂時間:4月1日~9月30日6:00~16:30 10月1日~3月31日6:30~16:30

本堂③:大根のお供え

待乳山聖天
正面にたくさんの大根が供えられています。(この写真は本堂の扉の外から撮りました。)大根は、清浄で、体内の毒素を中和して消化を助ける働きがあります。聖天さまの「おはたらき」を表すものとして尊ばれ、供養に欠かせないものとなっています。筆者も入口の額堂で授与していただいた大根をお供えし、心身の健康を祈願しました。

毎年1月7日に行われる「大根まつり」は大変有名で、法要の後、元旦以来本堂に山のように供えられた大根を調理して、ふろふき大根がお神酒とともにふるまわれ、大勢の参拝人でにぎわいます。しかし、令和4年の大根まつりは世情から中止され、2日~7日まで、前日にお供えされた大根が配布されました。

本堂④:大根のシンボル

本堂の入口や境内のあちこちに二股大根と巾着のシンボルが見られます。
待乳山聖天

待乳山聖天
大根は身体健全、縁結び、夫婦和合の功徳を表し、巾着は財福、商売繁盛のご利益を表しています。
待乳山聖天

待乳山聖天

銅造宝篋印塔(どうぞうほうきょういんとう) 台東区有形文化財

待乳山聖天
本堂の左手にあります。全国にも数少ない銅造りで、1781(天明元)年、蔵前の札差(ふださし、江戸時代に米の仲介を業とした者)等16名が奉納したものです。江戸中期以降に流行した屋根型の笠を持ち、各部の装飾が優れています。

稲荷尊(いなりそん)

待乳山聖天
宝篋印塔の右手に、本堂を守護し、商売繁盛のご利益を授けてくださるお稲荷さまが鎮座しています。
待乳山聖天
ここには、室町時代中期に関東地方で活躍した武将太田道灌(おおたどうかん)が勧請した「道灌稲荷(どうかんいなり)」が祀られていました。道灌は文武両道に優れ人望があり、江戸城を築城したことでも知られています。

神楽殿(かぐらでん)

待乳山聖天
正月三が日、大根まつり、節分、毎月の縁日に神楽が奏されます。

江戸時代の名残をとどめる築地塀(ついじべい)

待乳山聖天
江戸後期の浮世絵師歌川広重の絵にも描かれたという全長25間(約45、5m)の築地塀で、貴重な文化財です。

歓喜地蔵尊(かんぎじぞうそん)

待乳山聖天
入口近くの左手にあり、たくさんのお地蔵さまが奉納されています。子育てのお地蔵さまとして信仰されています。

出世観音(しゅっせかんのん)

待乳山聖天
入口近くの右手にあります。1936年境内整地のおり、御頭のみが出土し、足利末期(1600年ごろ)の作と鑑定されました。
待乳山聖天
やさしいお顔の観音さまで、学問、芸能、立身出世、商売繁盛のご利益をくださいます。
待乳山聖天
観音様の足元で椿がつぼみをふくらませていました。

糸塚(いとづか)

待乳山聖天
江戸後期の長唄三味線方の名人十世杵屋六左衛門(きねやろくざえもん)供養の糸塚です。甥で後に養子となった十一世杵屋六左衛門(後の三世杵屋勘五郎)が1864(元治元)年に父の遺志により建立しました。

父の十世六左衛門は「石橋(しゃっきょう)」「秋の色種(あきのいろくさ)」、十一世六左衛門は「紀州道成寺(きしゅうどうじょうじ)」「土蜘(つちぐも)」など現在もよく演奏される多くの名曲を残しています。本堂の後ろにあります。

戸田茂睡歌碑(とだもすいかひ)

待乳山聖天
江戸・元禄のころに活躍した歌人で、歌道の革新を唱えました。

【哀れとは夕越えて行く人も見よ 待乳の山に残す言の葉】

という待乳山が詠まれた歌が刻まれています。江戸最古の歌碑でしたが、昭和の戦災で焼け、1955年に拓本をもとに再建されました。本堂の右手にあります。

浮世絵に描かれた江戸の名所

待乳山聖天
待乳山を含む風景は江戸後期、葛飾北斎の「待乳山の紅葉」や歌川広重の「東都名所真乳山之図」など多くの浮世絵に描かれました。

現在は隅田川の向こうに東京スカイツリーが見える風景となりました。

スロープカー「さくらレール」

待乳山聖天
約10m下の駐車場と本堂とを結ぶモノレールです。
待乳山聖天
「さくらレール」と名付けられ、わずか30秒ほどの乗車時間ですが、無料でだれでも利用でき、楽しめます。

浪曲相輪塔(ろうきょくそうりんとう)

待乳山聖天
駐車場に、浪曲協会物故者供養の記念碑がありました。

浪曲師三門博(みかどひろし)作の「唄入り観音経」に、

【遠くちらちら灯りが揺れる あれは言問こちらを見れば 誰を待乳のもやい舟】

と、待乳山が唄われています。この浪曲は昭和初期に大ヒットしました。

狛犬(こまいぬ)

待乳山聖天
浪曲相輪塔の隣に古い狛犬でしょうか、阿吽(あうん)の2体が置かれていました。なんだか見合っているようで微笑ましい感じがしました。

御朱印

待乳山聖天
「大聖歓喜天」と「毘沙門天」の御朱印がいただけます。

こちらは本尊「大聖歓喜天」の御朱印です。

御朱印は本堂内でいただけます。志納金は500円。

浅草名所七福神めぐり「毘沙門天」の色紙の御朱印は300円。

アクセス

所在地:111-0032 東京都台東区浅草7-4-1

最寄り駅:東京メトロ銀座線「浅草駅」、都営浅草線「浅草駅」、東部スカイツリー線「浅草駅」より徒歩10分。

浅草寺の北東に位置します。スカイツリーを右手に見ながら江戸通りを北へ進み、言問通りとの交差点を北へ渡り、次の信号で右に曲がると待乳山聖天の石柱が見えます。

池波正太郎生誕地の碑

待乳山聖天
待乳山聖天の入口左脇に、昭和の戦後に活躍した作家池波正太郎生誕地の碑があります。池波は1923(大正12)年1月、浅草区聖天町(現台東区浅草7丁目)で生まれました。その年の9月1日の関東大震災で被災し、一家は埼玉県浦和に引っ越しましたが、やがて母方の祖父宅の浅草永住町(現台東区元浅草)で暮らすようになりました。

「大川と待乳山聖天宮」というエッセイで「生家は跡形もないが大川(隅田川)の水と待乳山聖天宮は私の心のふるさとのようなものだ」(記念碑説明文より)と記しています。

少年期をすごした浅草や隅田川の風物は、池波の代表的な時代小説『鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)』や『剣客商売(けんかくしょうばい)』にしばしば登場します。

日本三大聖天の一つに数えられる熊谷市の妻沼(めぬま)聖天さまについては、こちらをご参照ください。

▶︎【聖天山歓喜院】妻沼の聖天さまは厄除け・福運・縁結びのご利益!御朱印

まとめ

待乳山聖天はいかがでしたでしょうか。

6世紀末に突然湧きあがったという待乳山は、特に江戸時代、文人墨客や多くの庶民に親しまれた名所でした。今も江戸の面影をあちこちに残しています。

現在は、春は梅や桜、夏は花火でにぎわう隅田川やその沿岸に広がる公園を望み、東京スカイツリーという新名物も間近に眺望できる所となりました。

浅草寺も近いので、帰りに「江戸通り」の一つ西側の「馬道通り」を南に進み、浅草神社入口から浅草寺境内に入って観音さまをお参りするのもいいでしょう。

大勢の観光客でにぎわう浅草寺とはまたちがった落ち着いた趣のある待乳山聖天をぜひ訪れてみてください。

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