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撃たれないために撃つ世界で

さとうみつろう 

6月23日、本日沖縄は公休日です。慰霊の日。毎年沖縄県だけ、休みなんです「えぇ~良いなぁ~羨ましいな~」と言うには、20万人と犠牲者が多すぎますが。当時の「沖縄人」の4人に1人が死んだそうです。「琉球民族」という1つの血統DNAが、地球上から、たった3か月で25%も消滅した年。民族のホロコーストって、このことであってますよね?沖縄で産まれ、そろそろ42年になるのですが、今年ふと気づいたことがあります。どうして6月23日だったんだろう?、の答え。まず、その「前段の知識」として。毎年、慰霊の日は、僕は他の沖縄人と同じく、沖縄で昼12時に「ぶー」となる汽笛やサイレンに合わせて、黙とうを捧げてますが、2022年、今年は例年と違い「ウクライナ」がNow on 戦争中で、こんなツイート↓ 逃げることは恥でも売国でもなんでもない。時間をかければ状況が変わる可能性がある。戦う一択ではない。西側諸国は大規模国外避難支援に知恵を絞れ。ロシアは民間人攻撃を否定しているので非戦闘員の国外避難は拒否できないはずだ。これくらい西側諸国はロシアと協議すべき。— 橋下徹 (@hashimoto_lo) March 3, 2022戦争が起きたらとにかく(非戦闘員は)逃げろ!と言った、橋下さんは、最後まで国のために戦え!という保守派の論客たち(多数派)に袋叩き。「どっちが正しいのか?」という議論ではなく、その「議論」こそが、僕が住む沖縄にとっての「慰霊の日」なのですっていうご報告がてらに、ペンを。 日本でいう赤紙ですね。https://t.co/89wCODIXby pic.twitter.com/JCbRQt0FI4— サイダー(全ての人々に補償と給付を!) (@saida248) March 20, 2022「赤紙」は、戦争への招集状。ウクライナでは「国家総動員令」により18才~60才の男子は全員兵士に徴収。徴収しに来る兵士から、逃げまくるウクライナ人の動画とか出てますね。そりゃ、人の子だ。行きたくないさ。沖縄も、ウクライナも、同じ構図。まず、ある日急に。「あれ?なんだか、俺たちが住んでるこの県が「舞台」になりそうじゃね?」という緊迫感が漂ってくる。ただただ平和に過ごしていたのに、「あれ?あれあれ?この県が、なぜか戦いの舞台に?」この「選ばれた」ルーレットっぷりは、本当に怖かったでしょう。あなたが島根県民だとしましょう。県は他に47個あるのに、「島根県でやりまーす!」ってアメリカと日本が同時に発表したら、え?なんで「ステージ」ここなん?ってなるよね。前年の1944年頃から、そんな雰囲気に。さらに、「現地民を徴収」なので、沖縄男子は根こそぎ兵力へ。日本側から18万人、アメリカ側で2万人が亡くなりましたが、そのほとんどが「沖縄人」です。「日本兵」のカウントの中にも、「急に兵士にされた沖縄人」も含まれている。話しを、戻しましょう。第32軍の牛島中尉が司令官。よりによって、首里城を本拠地にして、その地下に司令部。4月にアメリカ上陸で、5月末に首里城は陥落。この時点で「降伏」すると思われた。ところが、那覇(首里)よりも南へ南へと逃げながら、戦闘を継続することに。この「南部撤退」が無ければ、住民のほとんどが死なずに済んだ。というか「住民死者」のほとんどが、この予想外の「南部撤退」により発生した。そして、牛島司令官は6月23日に南部で自決、組織的な戦闘はここに終結。さて、冒頭のウクライナ問題である。橋下さんのツイート。 逃げることは恥でも売国でもなんでもない。時間をかければ状況が変わる可能性がある。戦う一択ではない。西側諸国は大規模国外避難支援に知恵を絞れ。ロシアは民間人攻撃を否定しているので非戦闘員の国外避難は拒否できないはずだ。これくらい西側諸国はロシアと協議すべき。— 橋下徹 (@hashimoto_lo) March 3, 2022戦争が起きたらとにかく(非戦闘員は)逃げろ!と言った、橋下さんと、最後まで国のために戦え!という保守派の論客たち(多数派)。僕は、人間にはそれぞれ「役割」があると思っています。それぞれに「違う」役割が。「トイレ掃除班」「皿洗い班」 「洗濯班」これに、どちらかが「正しい」なんてあるわけない。それぞれに、それぞれの「役割」があるだけ。沖縄で産まれ、42年間。近所のおじい、おばあに。どれほど聞かされて来たか。「戦争があったら、何があっても逃げなさい」身の回りに、戦争の話ししか溢れていないのです。戦争の話しばかり。そりゃあ、そうでしょう。ルーレットで選ばれた「土地」なんだから。例えば身近だと、妻の父は2才か3才で防空壕から外へ出てしまった。すぐに継母が助けに出た。撃たれて、継母は死亡。義父の父は、「お前が外に出たから、あの人は死んだ」と話すそうで(それも凄い性格だけど)。全ては「役割」だと思っています。どちらが「正しい」なんて無いのでしょう。原発問題なら、福島に居る人は、福島に居る人としての役割が。「原発は絶対にやめよう!」と、言い続ける役割が。まさか「原発賛成!!!」とは言えないでしょう。あれほどの事故で。一方で、原発村、例えば福井県には福井県に住んでいる人の役割が。「原発を推進しよう!」と言えば良い。 逃げることは恥でも売国でもなんでもない。時間をかければ状況が変わる可能性がある。戦う一択ではない。西側諸国は大規模国外避難支援に知恵を絞れ。ロシアは民間人攻撃を否定しているので非戦闘員の国外避難は拒否できないはずだ。これくらい西側諸国はロシアと協議すべき続きをみる

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