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どんな人だと思われたい?

魂を浄化するスピリチュアルヒーリング上田佳穂 

「優しい人になりたい」のと、

「人から優しい人だと思われたい」は、

似てるように見えますよね。

だけど、中身はかなり違います。

「優しい人になりたい」のなら、

まわりの人がどうであれ、

自分が優しいことを心がける。

「人に優しくしたい」

「優しい人でありたい」

という愛の想いが、動機。

嫌なことをされて、多少ぶれることはあっても、

やっぱり優しい人でいようと戻りやすいです。

一方、「優しい人だと思われたい」のは、

「人から優しい人だと思われたい」という、

欲求(エゴ)が動機です。

「優しい人」と思われるように生きてきたので、

「この人優しくない」と思われるのは、

絶対に避けたいし、そう思われるのは怖いです。

だから、「優しい人」かどうかは別で、

「優しいと思われること」に力を注ぎやすい。

中はそれほど優しくなくても、

外側だけを優しい人に仕上げやすい。

優しさを盛ってるので、疲れるし、

人目がないと優しくなかったり、

「優しくしないと!」と窮屈になりやすいし、

優しくない人に「優しくしなさいよ!」と、

頭にきやすいです。

無理に頑張っているので、

相手が優しさを認めなかったり、

優しさに応えてくれないと、

怒りが出ることもあります。

「気が利く人になりたい」と、

「人から気が利く人だと思われたい」も、同じ。

「賢い人になりたい」のと、

「人から賢いと思われたい」も、

「すごい人になりたい」のと、

「人からすごいと思われたい」も、同じです。

自分が「〇〇になりたい」と思うことと、

「人から〇〇と思われたい」は、

中身が全く違うのです。

自分が「〇〇になりたい」と思うなら、

自分がそれに近づけるように努力するし、

中と外が一致してるので、自然体でいられます。

「人から〇〇と思われたい」は、

人にこう思われたいという欲求なので、

中がどうであれ、外を立派に作り上げるので、

不自然になりやすいし、苦しいです。

でも、「人から〇〇と思われたい」って、

はじめの一歩としては、いいのではと思ってます。

「わたしは、〇〇って、思われたいんだ」

と自分を知る、いい機会。

自分の中に全くないものには、目が向きませんから。

あなたが「優しい人だと思われたい」と思うのなら、

あなたの中に優しさがあるはずです。

それを、人から認められる道具に使うのではなくて、

そのまま人に向けませんか。

「〇〇と思われたい」と思ったら、

「〇〇になれるように意識してみよう」と、

自分の意識を人からの目線ではなくて、

自分に戻して、自分目線で見てみましょう。

あなたらしさを盛るのではなくて、

あなたらしさを活かせますように。

今日も心と魂に愛と光をいっぱい入れて

神様の愛と光がたっぷり注がれますように。
神様、今日もありがとうございました。
 

 

 

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